朝起きて流しに溜まっていた洗い物を片付ける。
昨晩、成田空港で買ったクラフトビールは、リサイクルしやすいようにパッケージシールが貼られていない。素の茶瓶だけ。
その空き瓶を洗いながら、余計なものがないって、疲れなくていいなと思う。
最近はサービスが手厚すぎる場所や物事がどうも苦手になってきた。圧が強い感じがするし、必要なところまで辿り着くのにやることが多すぎる。
三日間ほど家を空けていたので、まめの絡み方が凄まじい。
寝てる間も一時間おきに起こしにくるのでひどい寝不足で、ぼーっとしながら土曜を迎えた。
わたしの留守中、大家さん先生はごはんもくれるし掃除もしてくれるし遊んでくれるけど、人間には二十四時間かけて熱心かつ細やかに仕えてほしいらしい。
どうやら猫には手厚いサービスを求められている。
ツイッターを何気なく見ていたら、昨年の夏、見知らぬ人がポッドキャストで日記本を紹介してくれていることに気づいた。
若い女性二人が、気に入った箇所を引用しながら、自分達の生活や家や東京について思うことを語っている。
他人事のように聞けて面白かった。「根ざす」ことへの憧れとか欲求が繰り返し話されていて、根がないわたしの日記がそちらに響くんだなぁと意外に思う。
根のなさについては、少し前に会った若者も繰り返し話していた。根の伸ばし方をみんな試行錯誤してるらしい。
もしかしたら案外、わたしは何かの根を持てているのだろうか? そういえば最近は不安に感じたことがない。
彼女たちのおしゃべりを聞きながら、「別にアリーナ席を埋めたいみたいなことではないんですよね」と、ひとに言ってもらったことを思い出す。
そう、アリーナ席は埋まらないし埋められない。そんな規模の「つくる」はできない。ただどこか遠くに「わたしたち」と呼びうる人がいる気配だけ感じられれば十分。