電子レンジを開けると、そこには油の沼が生まれていた。
プスプスと音を立てながら熱を発している。
マヨネーズとコチュジャンの香り。跡形もないけれどプラスチックの器も溶けている。
すぐにヘラと皿とキッチンペーパーを取りにいき、悲しい気持ちで片付けた。
「電子レンジで五十秒温めてからかけてお召し上がりください」
一瞬で油の沼と化したパッケージにはそんな紙が貼られていた。
よく読むと「チーズソースの場合」のことであって、マヨネーズソースはそれに当たらない(油が高熱になりすぎちゃう)と推測はできなくもないんだけれど……わかりにくい。貼ってあったわけだし。
これはさすがに配達元のお店に抗議してもいいはずだ。
いいはずなんだけど、電子レンジの片付けよりも店への抗議の方が面倒かつ気が重い。
結局、手持ちのマヨネーズを取り出して無言で食事を続けた。
抗議というのか、クレームというのか。ともかくあれらをするのが苦手である。
高松出張でも同じような事態に立たされた。
宿泊場所の枕元になぜか冷えピタが貼ってあったのだ。
おでこではなく壁に貼られた冷えピタはかなり不気味だったし、自分で剥がすのもなんだか気持ちが悪い。
クレームを入れるべしと周囲は言うのだけれど、宿泊施設の管理事務所が遠くにあるらしく、電話をして抗議をして担当者を待って冷えピタを取ってもらって謝られる……の流れがもう面倒くさい。
結局、自分で剥がして、ぬめっとした感触に気分が曇ったところを、ネットフリックス動画で上書きして寝た。
抗議が苦手だ。できない。
仕事で起きた理不尽や無理解には、まぁまぁしっかり怒れるし理詰めの反論もできるのだけど、私生活ではどうも苦手だ。
これがいいことなのか悪いことなのかは微妙なところで、明らかにおかしいことには、ちゃんと抗議した方がいいと思う。
いいと思うんだけど、苦手だ。なんならクレームを入れる人を見るのも結構苦手だ。
店先ですぐ不機嫌になり声を荒げる父親や、ヤンキー気質で売られてもない喧嘩を買いがちだった元夫を思い出すからかもしれない。
彼らの怒気がわたしに向けられたことはなかったけれど、怒気を浴びせてもいい相手とそうじゃない相手を分けるその手つきから恐ろしかった。
怒った後に気持ちよさそうにしていたり、相手が萎縮して当然だと思っている姿にも違和感がある。
怒気は浴びたくないし、発したくもない。
気持ちの波は伝染るから嫌だ。身体がこわばる。
そんなことに身をやつすぐらいなら、油の沼に悲しみを感じ、冷えピタを剥がす方がマシである。……いやどうかな。
そんなんでこの先やっていけるかなぁと思っていたところ、今日も今日とて毒気を浴びてしまって、弱っていたところに追い討ちがかかる。
ため息ため息。