大阪にきている。
日帰りでもいい用件なのに、贅沢して二泊三日できている。
昨日は万博公園へ。太陽の塔を見上げて、内部にも入って、国立民俗博物館の特別展「Homō loquēns 『しゃべるヒト』 ――ことばの不思議を科学する」を観て、山城大督さんの大型インスタレーションにも浸かった。
「最高」以外の語彙がでてこなくて悲しくなるけど最高だった。欲を言えば日本民藝館の展示も観たかったし、万博公園でもっとゆっくり過ごしたかった。
公園内の売店やカフェがどれも美味しそうで、関東だともっと適当だよなぁなんて思う。きっと大阪の人は食に厳しいのだろう。「公立施設の食事ってこんなものだよね、仕方ないね」と勝手に諦めて高いお金を払いがちな自分を反省する。
貪欲なほうが楽しいものに出会える。最近ようやく気づいたことはそれ。貪欲と強欲は違うというところもポイント。
「いらっしゃいませ! 空いてる席へ。一人前でいいですか?」
「あ、は、はい」
公園の帰り道、千里中央のたこ焼き店に入った。大阪在住の編集者・Tさん教えてくれたお店で、入店したらまずたこ焼きの量を聞かれる。シンプルでいい。
ハイボールとたこ焼き。最高。美味しい。語彙は油と酒にどんどん溶けていく。地下鉄ホームを見下ろす場所に、小さなお店がぎゅっと並んでいた。次はお隣の喫茶店で野菜カツサンドを食べるぞ、と、心に誓う。
大阪は安いし美味しいねぇと、透明な道連れに何度か話しかける。透明な声で。
万博公園前のカフェで箕面ビールを飲んで、目を光らせる太陽の塔に見送られたあたりで帰りそうになったけど、大阪出張の本題は大学の講義だ。
いつもお世話になっている人にゲストで呼んでもらい、わたしの話でいいのかなぁと思いながら自分の経歴をまとめた資料をつくった。
遊んだり酔ったりしていたものの、そういうところは真面目なので九十ページぐらいの大作になる。
今の仕事につながる原点についても話してほしいとのことで、学生時代の資料をひっぱりだしてきてスキャンした。二十年前の資料が残っているところがさすが記録魔である。
だがしかし、原点というなら十三歳のときに父と遊び半分でやっていた「仕事ごっこ」のほうが大元かもしれない。「一九九七年十一月六日締め切り」と書かれた、父からの手書きの依頼書もちゃんと残してあったのでスキャンした。
そんな話を母にLINEで報告する。育児に興味のなさそうな忙しいばかりの父だったけれど、思い起こせば、めちゃくちゃわたしをかまってくれていたのかもしれない。
母は「何をいまさら」といった風で「父はずっとあなたのファンなのよ」と言う。
そういえば、父は中学生のわたしに書類づくりの仕事を発注をしてくれたし、原価率について教えてくれたし、職場の地ビール祭りの運営メンバーに入れてくれた。手伝わされているというより、仕事をダシに遊んでる感じで、わたしもまた仕事が好きだったので毎回楽しかった。
高校生になると、父の同級生の編集者や学芸員の人に繋いでくれて、職場見学に送り出してくれたりもした。あのときの学芸員さんは今、国立美術館の館長をされているらしい。よく考えると全部が今につなががっている気がする。
あれ、もしかして、めちゃくちゃサポートされてきた? そしてひどいことした? ありがたすぎない? 申し訳なくない? ……と、齢三十八にしてようやくハッとする。それもプレゼンスライドをつくりながら。
親の心子知らずとはこのことだわなぁ……とジーンとなり、いいことに気づけた旅だったなぁとまた帰りそうになる。が、まだ続きがある。
本番はこれから。頑張ろう。いってきます。