「動揺がなくなったり、冷静に対応するようになることで、大切な何かが無くなっていく気もするけれど、これもまた『継続』するためには必要なことだと思いながら。けれども、この人たちの苦しみは忘れたくありません」
――永野三智『みな、やっとの思いで坂をのぼる: 水俣病患者相談のいま』
今日のお稽古は点前を一回だけさせてもらった。長板二つ置きの濃茶点前。
急いでいたのは午後から用事があるから。でも午後に会うはずだった友人もお茶の稽古仲間も、コロナ後遺症や体調不良でお休み。
それぞれ快方に向かうことを祈りながら電車に飛び乗り、東京・東村山へ向かう。
目的地は国立ハンセン病資料館。
千葉から多摩エリアへの移動は大変だ。隣県なのに気が遠くなるほど遠い。よたよたと乗り換え、最後はバスに乗る。
道中で読んでいたのは、永野三智『みな、やっとの思いで坂をのぼる: 水俣病患者相談のいま』。
ハンセン病と水俣病はまったく別のものだけど、病や政策、社会の目に、人生と尊厳を傷つけられてきた人々の苦しみは、重なるところがあるかもしれないと本棚から手に取った。
正直に言うと、非当事者としての自分が見ないようにしてきた、歴史の一端に触れに行く足取りを慣らすというか、心の準備体操的な意味もある。
知ることはいつだって重い。知りたい、知らねばと思う頭と、知ることの責任に躊躇する身体のあいだで、わたしが揺れる。
国立ハンセン病資料館「生活のデザイン ハンセン病療養所における、自助具、義肢、補装具とその使い手たち」展は、ここのところ話題になっている。会期最後の日曜だったから、沢山の人が駆けつけていた。
表題の企画展示もよかったけれど、常設展示に圧倒された。
現在では治療方法も確立され、そもそも感染力が非常に弱く、現代日本の衛生環境・栄養環境ではまず罹患することがないというハンセン病。
ただし長らく非科学的な誤解と差別に苛まれ、病気のメカニズムが明らかになった後も理不尽な政策によって患者たちは苦しめられてきた。押し付けられた暮らしは罪人のよう。
その歴史を凝縮して知ることができる各部屋の展示は、ものすごく練られていて構成も見事。
知らなかった物事の量に、生々しい資料に、当事者の痛みと力に眩暈をおこしながら進む。
「生活のデザイン」に展示されている道具や工夫は素晴らしい。しかしそもそも、かつてはあらゆるものを患者自らつくらねばならなかったのだ。あまりのことに言葉を失くす。
帰り道、友人とたっぷり話す。何時間も話す。
自分のまとまりきらない考えを、安心して共有できる人はとても貴重。一緒に行けてよかった。
これなかったもう一人には、会場で受け取った図録を送ろうと思う。「知る」は重いけれど分け合うことができる。足を運べてよかった。