「ほら見て。くるってするのよ。かぁわいー!」
大家さん先生が指先で円を描くのに合わせ、まめはくるっと身体を回して仰向けになり、にゃーんと鳴いた。
「癒されるわ〜!」と興奮する先生。まめの愛されたい力に脱帽するわたし。家の前でばったり出会ったわたしと先生はしばらく窓越しにまめを眺めた。「本当にいい子ね」と言われてちょっと照れる。
千葉に戻ってきてからまめが外を覗けるように模様替えをしてみた。おかげでわたしの留守中、まめはほとんど窓に張り付いているらしい。
そうして先生は窓越しに芸を仕込み、猫つかいの手腕を発揮。予想外の展開だけれど、先生もまめも楽しそうなのでよかった。
朝から電話が鳴り、知らない番号だからととらずにいたけど、掛け直してみるとなかなか大切な用件だった。
電話はちゃんと出ようと反省しつつ、昨日から周囲でざわざわしている事態に対応する。引き継ぎの引き継ぎ、共有の共有、リスクと作業の分け直し。
知人友人と連絡が行き交い、それぞれの立場での方針や対処を確認していく。こういうときに、日々だらだらと雑談していたことが役立つなぁと思う。メンタルヘルスに対しての認識とか、物事の優先順位とか、お互いの人間関係とか。
ソロ登山は登山計画をいろいろな人に共有すべしと本で読んだばかりだけど、誰かが助けを求めたり動けなくなったとき、その人の日頃の共有力が滲み出るのだと理解した。
それはレスキューに向かう面々も待機する面々も同じく。どうか少しでもよい方向に転がりますように、と、願いながら働く。あとこういうときに日記を書き続けるべきかどうか悩む。